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名古屋地方裁判所 昭和49年(ワ)1658号 判決

原告 川口和子

〈ほか三名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 伊藤敏男

被告 本沢運輸有限会社

右代表者代表取締役 本沢治右エ門

被告 岡崎雄二

右被告ら訴訟代理人弁護士 若山梧朗

同 村瀬章

右被告ら補助参加人 日野自動車工業株式会社

右代表者代表取締役 荒川政司

右訴訟代理人弁護士 松方正広

同 小又紀久雄

右被告ら補助参加人 埼玉日野自動車販売株式会社

右代表者代表取締役 田畑健次

右訴訟代理人弁護士 菊地博泰

主文

一  被告らは各自、原告川口和子に対し金七一三万九二〇〇円、原告川口信子及び同川口幸子に対し各金八六二万九六八九円及び右各金員に対する昭和五一年七月一三日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告名古屋貨物運輸倉庫株式会社に対し金一六五万四八一五円及びこれに対する昭和四九年一月二四日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を被告らの、その余を原告らの負担とし、補助参加の費用は補助参加人らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告川口和子に対し金一二五二万八九三三円、原告川口信子及び同川口幸子に対しそれぞれ金九五二万八九三三円、原告名古屋貨物運輸倉庫株式会社に対し金二五〇万円及び右各金員に対する昭和四九年一月二四日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡川口春二(以下亡春二という。)は次の交通事故によって死亡した。

(一) 日時 昭和四九年一月二四日午前四時二〇分ころ

(二) 発生地 横浜市緑区荏田町二四二一番地先東名高速道路上(以下本件事故現場という。)

(三) 加害車及びその運転者 被告本沢運輸有限会社(以下被告会社という。)所有の大型貨物自動車(埼一一い一七七七号、以下被告車という。)被告岡崎雄二(以下被告岡崎という。)

(四) 被害者 亡春二

(五) 事故の態様

亡春二は原告名古屋貨物運輸倉庫株式会社(以下原告会社という。)所有の営業用普通貨物自動車(名古屋一一あ八九〇七号、以下原告車という。)を運転し、本件事故現場上り線第三車線上を時速約八〇キロメートルで走行中、原告車の左斜め前方第一車線を原告車と同一方向に走行していた被告岡崎運転の被告車の左後部の二重車輪の外側の一個(以下本件外側車輪という。)が外れ落ち、原告車の直前に転がった。亡春二はこれに自車右前輪を乗り上げて原告車右前輪をパンクさせたため、ハンドルを右にとられて車両の制御ができなくなり、原告車は中央分離帯を突破して本件事故現場の下り車線である対向車線に飛び込み、同車線上を名古屋方面に向って走行中の訴外川野作郎運転の営業用普通貨物自動車(横浜四四あ一五二一号)に衝突し、その結果、亡春二は即死した。

2  責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故によって生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一) 被告岡崎は、被告車を運転して本件事故現場付近の上り第一車線上を東京方面に向って時速約八〇キロメートルで走行中、自車後輪に故障が生じ、後部懸架装置付近から異常音が発生しているのを聴くとともに、ハンドルを左にとられ、車体が横揺れを始めるなどの異常を感知し、そのうえ、自車右後方第二車線上を追従して走行していた同僚車の運転手訴外大沢昇から、再三にわたる前照灯の照射操作によって、前記車輪に脱輪の危険が生じていることの警告を受けた。

右に述べたように、被告岡崎は自車に走行機能の故障が生じたことに気付いていたのであるから、直ちに自車を道路左端に停止させて点検し、脱輪等の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、同被告は故障が軽微なものと誤信し、自車の速度を時速約七〇キロメートルに減速したのみで、漫然とそのまま進行を続けた過失により、自車左後輪取付装置のハブボルトが折損し、本件外側車輪が車体から外れ落ちるという結果を惹起させ、右車輪を上り第三車線上に放置し、このため本件事故を発生させた。

(二)(1) 被告会社は、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた。

(2) 被告会社は、被告岡崎を自己の事業に使用していたものであり、本件事故は被告岡崎の業務執行中に発生した。

3  損害(原告川口和子、同川口信子、同川口幸子関係)

(一) 逸失利益及びその相続

亡春二は、死亡当時三一才の健康な男子で、稼働可能年数三二年を残していたが、原告会社の従業員として年間一九四万四二九三円の収入を得ていた。従って、収入の三割を生活費として控除した年間の得べかりし利益は一三六万一〇〇〇円であるから、年五分の割合による中間利息を控除した同人の得べかりし利益の現価を算定すると二五五八万六八〇〇円となる。

亡春二は右同額の損害賠償請求権を有するところ、原告川口和子は亡春二の妻、同川口信子、同川口幸子は子であるから、亡春二の死亡により、原告ら三名は相続により各自前記金額の三分の一である八五二万八九三三円ずつの損害賠償請求権を取得した。

(二) 慰謝料

亡春二が死亡したことによる原告ら三名の精神的苦痛を慰謝するに足る金額としては、原告川口和子については四〇〇万円が、子である原告川口信子、同川口幸子についてはそれぞれ二〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告川口和子は、原告ら三名の訴訟の追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、着手金三〇万円を支払ったほか、判決で認容された原告ら三名の損害賠償額の合計額の一割を成功報酬として支払うことを約したが、弁護士費用の内金として金二〇〇万円の支払を求める。

4  損害(原告会社関係)

(一) 車両損害(廃庫損及び休車損)

(1) 原告車は昭和四八年一一月一二日に一九六万四二四六円(月賦価額)で購入したもので、事故当時の価額は右購入価額と同一である。しかるに、原告車は本件事故によって全壊し、諸経費を差引いた処分価格は三万五〇〇〇円であるから、原告会社は差引き一九二万九二四六円の損害を被った。

(2) 原告会社は、原告車が本件事故によって使用不能となった後も、右車両の割賦代金支払の負担のため、事故の日から約六か月間代替車両を調達できなかったが、右期間のうち二か月間の休車は本件事故と相当因果関係を有するから、休車損として一日八〇〇〇円の割合により計算した四八万円の損害を被った。

(二) 遺体処置費等の雑費及び香典

原告会社は、本件事故の発生を知らされて、亡春二の遺体の処置等のために担当者を事故現場に派遣したが、このため遺体処置費等に七万円、交通費等の雑費として一三万四五七五円を支出したほか、亡春二の葬儀の際香典として二〇万円右合計四〇万四五七五円を支出した。

(三) 弁護士費用

原告会社は、本件訴訟の追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬として二〇万円を支払うことを約した。

5  よって、原告らは被告両名に対し、本件事故による損害金の内金として、原告川口和子については金一二五二万八九三三円、同川口信子及び同川口幸子については各金九五二万八九三三円、原告会社については金二五〇万円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四九年一月二四日以降支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(四)の事実はいずれも認め、同(五)の事実中外れ落ちた被告車の本件外側車輪が原告車の直前に転がったことは否認し、原告車の速度、原告車が右外側車輪に乗り上げたこと、原告車の右前輪がパンクしたことはいずれも知らないが、その余の事実は認める。

2  同2の(一)の事実中被告岡崎が注意義務を怠ったとの点は争い、(二)(1)の事実は認める。

3  同3及び4の事実は知らない。

三  被告らの主張

1  免責

被告会社及び同岡崎は被告車の運行に関し何ら注意を怠らなかったし、被告車には本件事故と関連を有する構造上の欠陥または機能の障害もなく、本件事故は原告車を運転していた亡春二の一方的過失により発生したのであるから、被告会社は免責されるべきである。すなわち、

(一) 被告車は、昭和四八年一二月一一日埼玉陸運事務所において検査を終えたばかりであるうえ、本件事故の前日被告車が名古屋方面に向け出発する際にも、専門の整備士により点検整備を実施したが、その際に何らの異常も認められなかった。また本件外側車輪が外れ落ちたのは、この車輪をドラムにとおしてホーミング及びシャフトに接続させている八本のハブボルト全部が、突発的に折損したことによるものであるが、このように車両の走行中にハブボルト全部が折損するということは、現在の自動車工学の水準からみて、とうてい予見できないことであって、被告会社の車両の点検整備及び被告岡崎がこれを運転したことに何ら落度はない。

(二) 前記のように、八本のハブボルト全部が折損したという現象は、現在の自動車工学の水準ではとうてい考えられない不可抗力的なことであって、これをもって構造上の欠陥または機能の障害というべきではないが、かりに右の主張が容れられないとしても、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条但書にいう構造上の欠陥または機能の障害とは、保有者及び運転者が日常の点検整備により事前に発見しうるか、あるいは予見することが可能な欠陥または障害に限られるというべきである。従って本件事故が前記ハブボルトの損傷に基因するとしても、ハブボルトはホイールキャップを取り外さなければ見えない構造になっており、そのうえ、これに瑕疵があるか否かはいちいち取り外して綿密な検査を施さなければ発見しえないのであるから、これをもって構造上の欠陥または機能の障害があったというべきではない。

(三) 被告車から本件外側車輪が外れ落ちた当時、被告車は本件事故現場の上り線中第一車線を、原告車はその後方約二〇〇〇メートルの第三車線上をそれぞれ走行しており、被告車から外れ落ちた本件外側車輪は、先ず第一車線左側端のガードレールに当り、その反動で第三車線方向に路上を回転しながら進み、第三車線上の中央分離帯付近に静止した。ところで、当時、原告車と被告車との中間には、四台の大型車両が走行していたが、これらの車両はいずれも本件外側車輪に乗り上げることなく走行しえたのであるから、原告車がこれに乗り上げたというのであれば、それは専ら亡春二が前方注視義務及びハンドル操作による事故回避措置を怠ったことによるものである。

2  過失相殺

仮に被告らに責任が認められるとしても、本件事故は1(三)で述べたとおり、原告車の運転者亡春二の重大な過失が原因となって発生したものであるから、賠償額の算定については、これを斟酌すべきである。

3  損害の填補

原告らは、(一)自賠法による保険金として九六〇万三二四五円を、また、労働者災害補償保険法(以下労災保険法という。)に基づき、昭和五三年八月末日までに、遺族年金として五四二万二二一四円を受領したほか、(二)遺族特別年金として三六万七九三二円及び労災就学援護費として二四万九〇〇〇円、右計六一万六九三二円を受領し、(三)また、今後原告川口信子、同川口幸子が満一八才に達するまで、労災保険から年間二〇八万九三六〇円が支払われるので、これらを原告ら三名の損害から控除すべきである。

四  被告ら補助参加人日野自動車工業株式会社の主張

被告車の左後輪に装着されていた八本のハブボルトは、いずれも道路運送車両法及び日本工業規格に基づいてその構造、寸法、形状が決定されるとともに、材質及び加工法も最高水準の工学的根拠と日本工業規格に基づいて製造されたものであり、機能上十分な強度を有する部品である。従って、右ハブボルトの折損が同ボルトに欠陥があって生じたものでないから、被告車に自賠法三条但書にいわゆる構造上の欠陥または機能の障害がなかったことは明白である。

五  被告ら及び補助参加人の主張に対する認否等

1  被告らの主張1及び2の事実はいずれも争う。

2  同3の事実中(一)及び(二)は認めるが、その余は争う。

自賠責保険金九六〇万三二四五円については、原告らの各三分の一の相続分に応じ、各自の遅延損害金及び本件事故による損害金の順に順次充当する。

3  補助参加人主張の事実は知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  事故の発生

1  請求原因1の(一)ないし(四)の事実及び(五)のうち外れ落ちた本件外側車輪が原告車直前に転がったとの点、原告車の速度の点、原告車が右車輪に乗り上げたとの点、原告車右車輪がパンクしたとの点をそれぞれ除いたその余の事実については、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、ほぼ東西に走るアスファルト舗装のされた直線道路であり、右道路は上下線ともそれぞれ進行方向左側より幅員三メートルの路側帯、各幅員三・六メートルの第一ないし第三車線、幅員〇・七五メートルの側帯(片側の道路幅は一四・五五メートルとなる)よりなり、右上、下各線は中央分離帯により分離され、同所は幅員三メートルで側帯より高さ二五センチメートルの縁石に土盛し、その中央部は車線路面上より約四五センチメートル高くなっており、その中央部分には七〇センチメートルの高さに鋼鉄製のガードロープ五本が約六メートル間隔の支柱に支えて張られており、原告車が後記本件外側車輪に乗り上げて中央分離帯を突破した付近(一一・五キロポストから一一・四キロポストの間)の部分は二五メートルにわたり上下線を金網によって分離された非常用開口部(方向転換のために中央分離帯に設けられたもの)となっており、道路の北側及び南側はいずれも高さ二〇センチメートルの縁石及び高さ一メートルのガードレールを境に土手に接しており、右事故現場から東方約三・五キロメートルには川崎インターチェンヂが、西方約五キロメートルには横浜インターチェンヂがある。

(二)  被告岡崎は被告車(後輪はダブルタイヤである)を運転して東名高速上り線の第一車線上を時速約八〇キロメートルで進行し、事故現場の手前である一一・九キロポストの西約二三・五メートルの地点を走行中、自車の後方懸架装置付近で「ガタガタ」と音がし、同時に車体が左右に揺れはじめ、ハンドルを左方に取られる等の異常を感じ、不安に思いながら走行を続けていた。その頃、被告車の右後方第二車線上を追従して走行していた被告会社の同僚の運転手大沢昇は被告車の車体が横揺れし、左側後輪が車体の外にはみ出しそうになっているのを発見し、このことを被告岡崎に知らせようとして、自車の前照灯を上下それぞれの向きに切り替えの措置を繰り返した。被告岡崎はこれをみて、訴外大沢が危険を知らせてくれたものと思い、一一・七キロポスト付近で左路側帯に車を寄せて停車しようとして時速を約七〇キロメートルに減速しながら、右サイドミラーで後方の大沢車を見ると、先の前照灯による合図がなくなっていたので、大した故障でもないと思い直して停車するのを止め、右サイドミラーで大沢車の方を気にしながら一一・六キロポスト付近を通過した頃、再び訴外大沢が前照灯による前同様の合図を送ってきた。被告岡崎は被告車の走行状態が以前と同様であったが、一応従前のスピードで走行が可能であり、運転できない程ではないので、今少し様子を見ようと思い、大沢車が合図をしているのを知りながら、さらに運転を続けていたところ、そのうちに自車のハンドルが前よりも左に大きく取られるようになったので、一〇・五キロポストの手前付近で減速して左側路側帯に自車を寄せたとき、突然車体が左に傾き「ガタン」と大きな音がして急に速度が落ち、一〇・三キロポストの手前付近で走行不能となった。

(三)  右のように、被告岡崎は後方から走行してくる大沢車からの前照灯による合図の趣旨を理解することができないまま、不審を抱きながらもそのまま走行を続けるうち、その頃被告車の本件外側車輪の八本のハブボルトが全部折損したため、右車輪が一一・五キロポストの東方約三二メートルの地点で被告車から外れ落ちる結果となり、右車輪は一たん上り車線道路上を回転しながら大沢車の進路前方を横切って中央分離帯の縁石に衝突し、次いで方向を転じて左方に移動し、第三車線中央よりやや右側で前記非常用開口部の西方付近に静止した。そしてその間も被告車は前記のとおり走行を続け、前記一〇・五キロポスト付近に差しかかった頃、被告車の左後部内側車輪も外れ落ちてしまい走行が不能となったのであるが、被告岡崎は右走行中は本件外側車輪のほか内側車輪までも脱落したことには全く気付かなかった。

(四)  その後間もなく亡春二は、原告車(最大積載量四・五トン、車幅二・一六メートル)を運転し、東名高速上り線の第三車線上を時速約一〇〇キロメートルで走行して事故現場にさしかかったが、ちょうど進路上に静止していた本件外側車輪に自車右前輪を乗り上げ、その衝撃でこの前輪がパンクして、このためハンドルによる操縦が不可能となり、右方向に暴走し、前記中央分離帯非常用開口部から下り車線に突入した。その結果、原告車は、下り車線を名古屋方面に向って走行中の川野作郎運転の普通貨物自動車と衝突する事故を起こし、亡春二は即死した。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

二  被告らの責任

1  被告岡崎の責任について

高速道路を走行中の車両が故障を起こして急停車するとか、部品を脱落するというような事態が起きれば、高速で走行している後続車がこれに追突し、事故が発生するなど重大な結果を生ずるおそれがあることは顕著な事実であるところ、前記認定事実によれば、被告岡崎は、自ら前記のような異常を感知し、自車の走行機能に何らかの異常が生じていることに気付いていたのであるから、その異常が具体的にいかなる故障に基づくものであるかを確知していなかったにしても、一たん自車を路側帯に停車させ、以後の走行を続け得るものか否かの点について不審個所を点検すべき義務があったというべきである。そして、《証拠省略》によれば、当時、車両の通行はまばらであったと認められるから、第一車線を走行中の被告車が路側帯に停車することにさしたる危険を伴うわけではなく、被告岡崎は、容易に右の義務を尽くし、それによって本件事故の発生を防止し得たものと認められるから、被告岡崎には過失があったものといわなければならない。もっとも、《証拠省略》によれば、本件外側車輪が外れ落ちた原因は車輪を装着しているハブボルトを締め付けているナットに緩みが生じ、このため八本のハブボルト全部が折損したことによるものであり、右ナットの部分は外部に露出しておらず日常的な点検整備によっては右ナットの緩みを発見し得ないものであることが認められるけれども、以上に述べたとおり、被告岡崎が走行中前記のような異常を感知した時点で早期に停車しておれば、本件事故を回避し得たことは明らかであるから、右の事情は、被告岡崎の過失責任を否定するものとはいえない。

以上によれば、被告岡崎は、不法行為者として本件事故によって原告らの被った損害を賠償すべき義務がある。

2  被告会社の責任について

(一)  請求原因2の(二)(1)については当事者間に争いがなく、同(二)(2)については被告会社において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべきである。

(二)  前記1において説示したとおり、被告岡崎に前記のような過失が認められるから、被告らの主張1の免責の主張はその余の点について判断するまでもなく、失当である。

右によれば、被告会社は自賠法三条及び民法七一五条により、原告らの被った損害を賠償する義務がある。

三  被告らの過失相殺の主張について

そこで、被告らの過失相殺の主張につき検討する。

1  本件の各証拠を検討してみると、一見亡春二に過失があったことを窺わせるような資料がないわけではない。すなわち、

(一)  《証拠省略》を総合すると、被告車から本件外側車輪が外れ落ちたのをその後方第二車線上から目撃し、これが自車の前方に転がり込んで来るのを制動して避け、その後も本件外側車輪が中央分離帯に当りはね返ったところまで見ていた前記大沢昇は、本件車輪の静止地点付近第三車線には後続車のライトが見当らなかった旨供述していること、被告岡崎は、大沢車が制動して本件外側車輪を回避するのをその後方から目撃した後続車の運転手から早く本件外側車輪を除去しなければ危険である旨告げられたが、その際、本件事故につき何らの話も聞いていないこと、事故直後から上り車線は一時不通となったのに、前記一〇・三キロポスト付近で被告岡崎と大沢が立話している間にも何台かの車両が東名高速上り線上を東京方面に向って通過したこと(《証拠判断省略》)、が認められ、これらの事実によれば、本件外側車輪の脱落と本件事故の発生との間には、暫時の間があったと推認され、原告車が本件事故現場にさしかかったのは、如何に少なく見積っても本件外側車輪が第三車線上に停止して数秒を経過した後であったと認められ、従って、被害車が十分前方を注視していたならば、本件事故を回避し得た可能性も残るように見える。

(二)  しかも《証拠省略》によると、本件外側車輪の静止地点の手前には、原告車の制動痕が存在しなかったことが認められ、また、《証拠省略》を総合すると、亡春二は事故前々日の昭和四九年一月二二日の夕刻東京方面に出かけて二三日早朝帰宅し、日中休養を取っただけで同日夕刻再び東京方面に出かけ、途中サービスエリアで二時間程度の仮眠を取っているものの、相当に厳しい勤務を続けていたことが認められ、このような事情は被害者の注意力が減退していたのではないかと疑わせる。

(三)  そのうえ、先に認定したとおり、本件車輪が静止した後何台かの車両が上り線上を通過したことが明らかであるが、これらの車両中には、第三車線上を無事通過した車両が絶無であったとは断定しえない。

2  しかしながら、

(一)  前記認定のとおり本件事故が発生したのは一月下旬の午前四時二〇分ころのことであって、未だ夜が明けておらず、原告車は時速約一〇〇キロメートルで走行していたことが明らかであるが(なお《証拠省略》によれば、本件事故現場付近は速度規制がなされておらず、原告車のような普通車の制限最高速度は、時速一〇〇キロメートルであることが明らかにされており、この原告車の速度は適法と認められる。)、《証拠省略》によれば、事故現場付近には街路燈がなくて、真暗であり、本件外側車輪は直径一・〇七メートル、接地面の幅二二センチメートルで、事故直後に原告車と前照灯の高さがほぼ同じ自動車を用いて実施された実況見分の際、路上に静止した本件外側車輪は、前照灯を上向きにした場合には六七メートル離れた地点から何らかの障害物として認識されたが、車輪であると識別されたのは二六メートルに接近してからであり、前照灯を下向きにした場合には右各距離はそれぞれ四六メートルと二〇メートルであったこと、原告車が本件事故により大破したため、事故当時前照灯が上下いずれの向きであったかは確定され得なかったこと、が認められる。右のような原告車の速度について経験則上知られている制動距離をもとに判断すると、原告車の前照灯が下向きであった場合はもちろん、たとえ上向きであったとして、本件外側車輪を何らかの障害物と認め得る地点で制動しても、その手前で停止し得ないことは明らかである。もっとも、制動措置とハンドル操作を併用することによって、あるいは本件外側車輪との接触を回避し得たかも知れないが、隣接車線の車両の有無等も明らかでない本件においては、他車との接触等を招来せずにこのような措置を取り得たかを確定することはできない。

(二)  また、右(一)に検討したところによれば、前記1の(二)の事情から直ちに亡春二の過失を推認することはできないし、前記認定の本件外側車輪の大きさ、第三車線の幅員(三・六メートル)を考慮すると、仮りに第三車線上を走行した車両があったにしても、何らの回避を要せずして本件事故現場を通過し得た可能性がないではないから、前記1の(三)の事情だけから亡春二に本件事故の回避可能性があったと認めることはできない。

(三)  さらには、高速道路を運行するに際して、特に天候等により先方の見とおしが悪い等特段の事情のあるときは格別、そのような事情の認められない本件においては、夜間とはいえ、路上に障害物が落下していることまでをも予測して減速して自動車を走行しなければならないとも解せられない。

3  以上の諸点を考え合わせると、結局、亡春二に過失相殺されるべき程の落度があったことについての証明は十分でないことに帰する。

四  原告川口和子ら三名の損害

1  逸失利益

《証拠省略》を総合すると、亡春二は、原告川口和子の夫であり、原告川口信子、同川口幸子の父であって、死亡当時三二才(昭和一八年一月二三日生)で、原告会社に貨物自動車の運転手として勤務し、昭和四八年中には一九四万四二九三円の収入を得て、右原告らと一家の生計を樹てていたことが認められる。そして亡春二の残存就労可能年数は少なくとも三二年とみるのが相当であり、本件事故がなければ同訴外人はその間同額の収入を挙げることができたものというべきであり、なお、同訴外人は一家の中心的存在であるものというべきであるから、収入の三割を右訴外人の生活費として控除し、その間の得べかりし利益を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、次のとおり二五五九万五〇六一円となる。

194,4293×0.7×18.8060=25,595,061

しかして、右認定の事実によれば、亡春二の死亡により、原告らは相続人として三分の一の法定相続分に従って前主の地位を承継したことが認められるから、右原告らは各自八五三万一六八七円の損害賠償請求権を取得したものというべきである。

2  慰謝料について

本件事故の態様、被害者間と原告ら三名の身分関係、その他諸般の事情を総合すると、右原告らが本件事故により多大の精神的苦痛を受け、または将来にわたって右苦痛を受けるであろうことは推認するに難くなく、原告らの精神的苦痛を慰謝するに足る金額としては、原告川口和子については四〇〇万円、同川口信子及び同川口幸子についてはそれぞれ二〇〇万円をもって相当とする。

3  弁護士費用

原告川口和子が、自己のため及び原告川口信子、同川口幸子の法定代理人として、本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、本件訴訟の内容、経過、原告らの請求の認容額、同原告の親権者としての地位等を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する同原告の損害としては一五〇万円をもって相当とする。

4  損害の填補

(一)  原告ら三名が、昭和五一年七月一二日自賠責保険として九六〇万三二四五円を受領したことは当事者間に争いがなく、しかして、右原告らは、右金員については各自の相続分に応じこれを、法定充当の規定に従って、右原告ら各自の遅延損害金及び本件事故による損害金の順に順次充当せらるべき旨主張するので、これに従って充当することとする。

しかして、先に説示したところによると、原告川口和子は一四〇三万一六八七円の、原告川口信子、同川口幸子は各自一〇五三万一六八七円の損害を被ったものというべきところ、これに対する本件事故発生の日である昭和四九年一月二四日から前記自賠責保険金を右原告らが受領した昭和五一年七月一二日までの間の遅延損害金の額は、別表のとおり原告川口和子については一七三万〇八〇八円、原告川口信子、同川口幸子についてはそれぞれ一二九万九〇八三円となるから、前記自賠責保険金九六〇万三二四五円を各自の遅延損害金と本件事故による損害金に順次充当すると、基本となる本件損害金の残額は、原告川口和子については一二五六万一四一四円、原告川口信子、同川口幸子についてはそれぞれ八六三万六九三九円となる。

(二)  次に労災保険からの支給の内遺族年金五四二万二二一四円については、これが本件損害賠償と同一事由によるものであるから、右金員を別表のとおりその受給権者たる原告川口和子の損害から控除すべきであるが、遺族特別年金及び労災就学援護費については、これが労働福祉事業として支給されるものであって、保険給付ではなく、損害賠償と同一事由に基づくものとはいえないし、また将来支給される保険給付については損害から控除すべきものではないから、右支給金を本件損害から控除すべきであるとする被告らの主張は採用することができない。

そうすると、原告川口和子については別表のとおりその残額は七一三万九二〇〇円となる。

五  原告会社の損害

1  車両損害について

(一)  《証拠省略》によれば、原告会社は昭和四八年一一月一二日本件車両を一六九万三九〇〇円で購入し、本件事故発生時までの間二か月近く営業用として長距離の輸送に使用していたこと、しかるに、本件事故によって原告車は大破し、全く使用ができなくなり、現場からの運送費、積込料を差引きスクラップとして三万五〇〇〇円で処分したことが認められる。従って、事故時の価額は車検落ちその他減価償却の点をも考慮し、新車価額からその一割五分を控除した一四三万九八一五円と評価するのが相当であり、これから前記処分価格を差引いた一四〇万四八一五円が本件車両損害となる。

(二)  次に、休車による損害につき検討するに、原告車が本件事故によって大破したことは前述のとおりであるが、本件原告車の月賦代金支払の負担のため代替車の購入が遅れたとの点についてはこれを確認するに足る証拠はなく、かえって、《証拠省略》によれば、原告会社の車両稼働状況は八割程度であることが認められ、右事実に照らして代替車の購入がおくれたことによる休車損害はなかったものと認むべきであるから、右損害が発生したことを前提とする原告会社の主張は採用することができない。

2  遺体処置費等について

《証拠省略》によれば、原告会社が従業員である亡春二の遺体処置等事故の処理のため、事故現場に担当者を派遣したことが認められ、原告会社と亡春二との雇用関係、本件事故現場と原告会社事務所との距離関係、事故の規模等を考慮すると遺体処置及びこれに伴う交通費等として一〇万円を下らない費用を要することは経験則上これを認めることができるので、これを損害と認めるべきであるが、右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係はないものと認める。

3  香典について

《証拠省略》によると、原告会社は亡春二の葬儀に際し、香典として二〇万円を支出したことが認められる。しかしながら、香典は親族、知人または雇主等が故人を悼み、死者の霊に供する香に代えて贈るもので、いわば遺族に対する贈与たるの性質を有するものであるから、これらの者が右出捐をしたからといって、その額相当の損害を被ったものということはできないので、右損害を被ったとする原告会社の主張は採ることができない。

4  弁護士費用について

原告会社が本件訴訟を原告訴訟代理人に依頼したことは記録上明らかであり、本件訴訟の内容、経過、原告会社の請求の認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する損害としては一五万円をもって相当とする。

六  結論

以上のとおりであって、被告らに対し本件事故に基づく損害の賠償を求める原告らの本訴請求は、原告川口和子については金七一三万九二〇〇円及びこれに対する昭和五一年七月一三日以降支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告川口信子及び同川口幸子についてはそれぞれ金八六二万九六八九円及びこれに対する右同日以降支払ずみに至るまで右同率の遅延損害金の、原告会社については金一六五万四八一五円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和四九年一月二四日以降支払ずみに至るまで右同率の遅延損害金の各支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、九四条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白川芳澄 裁判官 成田喜達 黒木辰芳)

〈以下省略〉

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